世界的シタール奏者、チャンドラカント博士を偲び、
コンサートのビデオ鑑賞会を催します。

チャンドラカント博士は、世界的巨匠ラヴィ・シャンカール師と
アンナプルナデヴィ師の教えを受け継ぐインド伝統音楽家として、
音楽を通して日印の友好を深めるという課題に挑みました。
20年以上にわたり、全国の主要都市から市町村まで、
各地でシタールを演奏して参りました。2011年に、演奏家歴50周年を迎えましたが、
同年8月15日に交通事故で亡くなりました。ダルシャナムは、
博士の遺した音楽を絶やさないよう、活動を継続して参ります。
多くの方にぜひご参加頂きたく、謹んでここにご案内を申し上げます。

日程 : 8月15日(水)
開式 : 午後 6時30分
参加費: 無料
会場 : 品川区中小企業センター
B1F音楽室
JR ・東急・りんかい線「大井町」駅下車徒歩10分
東急大井町線「下神明」駅下車徒歩2分
会場地図:
http://www.sostap.org/pdf/com_map.pdf

Memorial day 815 Chirashi

 チャンドラカント・サラデシュムク博士が遺した、深いインドの
叡知と古代音楽の科学に基づく、シタール音源による
グループ音楽療法を下記の日程で行います。
深いリラクゼーションと更なる心身の健康に、お役立ていただき
ますようご案内致します。

 チャンドラカント博士は、慈悲深く、大変寛容で、深い愛情に満ちた人でした。
慈善活動に意欲的に取り組み、奨学金制度(インド)や学校を創設し(インド)、
障がいを持つ子供への音楽療法(インド、オーストラリア、日本)をはじめ、
多様な活動にその生涯を捧げました。インドのバラティーヤ・サンスクリッティ・ダルシャン財団の
理事を務め、インド伝統医学アーユルヴェーダの普及にも大きな貢献をいたしました。
 彼の妻、プージャ・サラデシュムク博士代表とダルシャナムのメンバーは、
彼の行ってきた活動を今後も継続していきたいと考えています。彼の遺したシタール演奏の
音源を用いた音楽療法による収益は、これらの慈善活動のために還元されています。

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チャンドラカント博士のシタール音源による
グループ・ミュージック・セラピー
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モーニングセッション
★10:00~11:30★
第145回 9月1日(土)

イブニングセッション
★19:00~20:30★
第140回 7月18日(水)
第141回 7月23日(月)
第142回 8月13日(月)
第143回 8月21日(火)
第144回 8月27日(月)

体験料 : 5,000円
18歳以下の方・心身に障害をお持ちの方は、3,000円
各回会場 :大崎第二地域センター 第三集会室
JR山手線、りんかい線 大崎駅徒歩3分
会場地図:
http://www.city.shinagawa.tokyo.jp/ct/other000024400/toho.ver.pdf

ご注意:
1)体に掛ける為の薄い布やストールをお持ち下さい。
2)食後3時間たってから、セッションをお受けください。
3)首周りの開いた、体を締め付けない服装でお越し下さい。
4)体の下に敷くもの(ヨガマットなど)をお持ち下さい。
※2012年2月11日に行った音楽療法のレポートは、

下記のURLよりご覧ください。
http://chandrakant.jp/?page_id=671<前回の参加者の声>
・ 初めて音楽療法を受けましたが、緊張がほぐれ、気持ちがスッキリしました。
・ 10年以上、博士の音楽療法を受けてきましたが、生演奏による音楽療法に
とても近い効果が得られ、満足しています。

お問い合わせ・お申込先:ダルシャナム
E-mail :darshanam.ticket@gmail.com
Tel : ダルシャナム 080-1282-2394 090-8961-6453

パンディジのシタールによる音楽療法を受け続けて10年以上が経った。音楽療法は人それぞれ、どのように感じたのか、どのような体験をしたのか、まるで違っていて、とても一言では言えるものではない。私の場合は、どんどん自分と思っていたものが削ぎ落とされ、何にもなくなるかもしれないと思った時があった。すると、体の中から湧き出しくるエネルギーを感じた。オリジナルな自分が出てきた。「自分は強い!! こんなに私は強かったのだ」。そのような自分を大好きになった。

私は若い時に母を亡くした。この悲しみを始めての音楽療法で再体験したが、その後、もう二度とこの悲しみの体験を音楽療法ですることはなかった。音楽療法は、ショックがあった時点にその人をもう一度戻し、必要なプログラムを組み、その時点から再構築していくものであった。

ある日、プージャさんの友人のお子さんが音楽療法を受けたことがあった。人懐っこい性格で、明るく元気な大学生だった。その方の始めての音楽療法では、祖母が亡くなった時のことを思い出し、泣いた。私は、こんなに若く、楽しそうに生きている方でも悲しみを体験していて、悲しみが体の中に残っているのに驚いた。

その頃の私は、もっと若い時に受けていたら、人生が違ったものになっていたのではないかと思うようになっていった。産まれたその瞬間から、人生が楽しいものだと思えたらどんなにいいだろうか。その思いから、妊娠中の母や幼い子供の音楽療法に力を注ぐようになった。

 

音楽療法についての詳細は以下のURLからご覧いただけます。http://chandrakant.jp/?page_id=22

パンディジはいつも人を笑わせていて、彼の周りはいつも楽しい雰囲気が漂っていた。私が、会社の研修の一環で笑顔訓練があったことをパンディジやダルシャナムのメンバーに話したことがあった。その訓練は、口に割り箸を水平にはさむ。そして、「ウイスキー」と声を出して言ってみる。始めのうちは、割り箸より口角が下がってしまうので、口角を上がるまで何度も練習をする。口角を上げることによって笑っている顔が強調される。口角が下がっていたら笑顔になっていないのである。そこで、メンバー全員で割り箸を口に挟み、「ウイスキー」と言って笑顔の練習をした。

 

その時は、パンディジは「フムフム」と言った感じで笑いながら見ていた。普通の人ならこれで終わりである。ところがパンディジは次の日、私が彼の家に行くと、私の顔を見るやいなや、前日の私の笑顔訓練の顔を真似した。あまりのおもしろさに笑い出してしまった。なんと、これが、毎日続いた。普通の人はだんだん面白くなくなり、あー、またやっている、もう、面白くないからやめたら、と思うのだが、パンディジのこの作り笑顔は、面白さをぐんぐん増し、だんだんと芸のようにまでなっていった。

 

5月のゴールデンウィークにこの笑顔訓練を受けたのだから、7月にオーストラリアへ旅発つまで、ほとんど毎日2,3ヶ月は私が家へ行くと笑顔を作って私を笑わせた。ダルシャナムの代表のプージャさんと仕事の打ち合わせをしている時にも、同じように笑顔を作るので、私は笑いが止められず、仕事の打ち合わせができなくってしまうことがよくあった。もうさすがに今日はやらないだろうと思った瞬間、まるで私の心がわかったかのように、その瞬間に笑顔を真似するのだった。

 

オーストラリアへ旅発つ前の日に、顔面芸を見たのが今生の別れとなってしまった。私に強烈な残像を残して、旅発って逝った。そういえば、私とパンディジとプージャさんと始めて3人で、パンディジの家で食事をした時も、私を思いっきり笑わせたので、お腹が痛くなってしまった。普通の「あはは」などという面白さではなく、お腹を抱えて笑って、しまいにはお腹が痛くなってしまうのである。パンディジとの出会った日も、思いっきり笑い、最後となってしまった日も、また、笑い、これほどまでに、私を笑わせてくれた人は外にいない。

 

私が音楽療法の企画を始めた頃、どのように企画をしたら良いのか、パンディジに一から詳しく聞いていた。ある時、ある方が、音楽療法を企画してくださったことがあった。それまで、パンディジの自宅で音楽療法を行ってきたのだが、始めて自宅以外の場所で音楽療法を行うことになった。

その時、パンディジが言ったことは、「音楽療法が始まる1時間前にその場所に着いていたい。途中の車が混んだり、何か事故で時間通りに着けないと、あせってしまうので、早く着いていたい。」

また、ダルシャナム代表でパンディジの奥様のプージャさんは、「タクシーに乗って、ドライバーの人が道を知らない場合も過去にあったので、必ず行く前に道を調べてから行くことにしている」と言うので、行く前に地図を調べ、自分で道順を書いた地図を作って持って行った。シタールを持って移動するのに、タクシーを利用することが多かった。これ以降、サラデシュムク家の人と行動する時は、必ず地図を作ることになった。後には、グーグルの地図より、私が書いた地図のほうがわかりやすいとまで言われ、地図制作は私の担当になってしまった。インド人はよく時間にルーズと言われているが、サラデシュムク家の人はそのようなことはなかった。

そして、行く先で外食をする場合は、近くのレストランを予め調べた。行った先でレストランを歩いて、探したりすることはしないようにとも言われ、地図を作り、レストランも調べてから出かけた。タクシーに乗っても、途中で迷うようなこともなく、また、食事をするため、レストランを探して、歩き回ることも一切なかった。

また、用事のついでに、どこかに行って、別の用事を済ませてはいけないとも言われた。一つのことに集中するためである。色々な用事を一度に済まそうとすると、時間が間に合わなくなって、あせったり、また、ミスをしたりすることがあるので、そのようなことがないようにするためである。

これらは全て、パンディジのお父様のサラデシュムク・マハラジから教えられたものであった。マハラジは大変優雅な方だったと言われている。優雅に見えるその裏には、周到な準備があってこそ、優雅に行動ができるのではないだろうか。

 

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