(1)神と通じている音楽

バンガロールでのコンサートのチラシ

2007年9月3日(月)バンガロールで行われたコンサート後、新聞のインタビューに答えて、Dr.チャンドラカント・サラデシュムクはこのように答えている。

記者 「特別なコンサートで何を演奏するのか、そして、何が観客の心をとりこにするのか、演奏前にどのように決めたのでしょうか」

Dr.チャンドラカント・サラデシュムク 「私は何も決めません。私はただシンプルに演奏するだけです。それは私の中を通り抜けて出てくるのです。神と私の父の祝福が私を通って流れ出るように感じます。私は自分自身を完全に律しています。これは本当です。そして自分を律している人は、周囲すべてを律していることになります。これがあなたたちへの私のアドバイスです」

サラデシュムク家と親交のあった故スワミ・アサンガ

私は以前、和尚(インド人の世界的瞑想の指導者)の高弟であるスワミ・アサンガに伺ったことがあった。「どのようにしたら、神の祝福が私の中に流れてくるのでしょうか」と、するとアサンガは言われた。「筒のようになりなさい。床に水を流すと一面に水は広がります。でも穴が空いていると、そこに水が流れ込みます。そのように、もし、あなたが筒のようになれば、神の祝福があなたの中に流れ込むのです」筒のようになるとはどういうことなのか、以後、その答えを探していた。

コンサートでの至福の表情

演奏中の彼の至福に満ちた表情に驚きを覚えると、多くの聴衆は、口々に言っていた。ラヴィ・シャンカール師も幼い彼の演奏を始めて聴いて驚愕した様子を手紙に書いている。その中に、「わずか8歳だというのに実に堂々と、楽しそうに演奏している」とある。ラヴィ・シャンカール師は、わずか始めの5分間彼の演奏を聴いただけで、言葉もなくうなってしまったとDr.チャンドラカントの姉は言っていた。

幼少期より、すでに筒のような状態、すなわち、何のにごった感情、怒り、嫉妬、執着、恐れ、競争心などからすでに解放され、神と彼の父の祝福が彼の音楽を通し流れ出ていたのではないかと思われる。彼に会った人が「彼の微笑み、笑顔が忘れられない」とよく言う。

そこでこれから、彼のことをブログで紹介していくにあたって、ブログのタイトルを「聖なる微笑 ブログ Dr.チャンドラカント・サラデシュムク」とすることにし、彼のことをこれから綴っていこうと思う。

山岸美智子

  1. That’s a modalbre-ker. Great thinking!

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