「チャンドゥは、 弟子以上」                  ラヴィ・シャンカール師は語った

 シタール奏者のラヴィ・シャンカールさんが、昨年12月11日にアメリカのサンディエゴで死去されました。92歳でした。パンディット・ディと呼ばれたラヴィ・シャンカール氏の死は、世界中のファンを悲しませました。Dr.チャンドラカント・サラデシュムクは、ラヴィ・シャンカール氏から息子のように可愛がられた弟子でした。 

 パンディット・ラヴィ・シャンカールとDr.チャンドラカント・サラデシュムクとの熱いつながりについて、インドDNA通信のシャイレンドラ・パランジベ記者が記事を掲載しています。ここに、その一部を照会させていただきます。

 

  「ラヴィ・シャンカールにとってチャンドゥは、弟子以上だった」

     シャイレンドラ・パランジベ記者

  故チャンドラカント・サラデシュムクはプネのシタール奏者で、8歳の年にラヴィ・シャンカールの弟子(Gandaband Shagird)になった。ラヴィ・シャンカールは、彼をチャンドゥと呼び、わが子のようにかわいがった。 チャンドラカントの姉スダ・アクルジュカルは、自分の家族とシャンカールとの関係をこう語っている。 「ラヴィ・シャンカールはヒラバイ・バロデカール(女性歌手、1905−89)を高く尊敬していて、わが家に出入りしていたヒラバイが、私の弟、チャンドラカントをラヴィ・シャンカールに紹介したのです。ラヴィ・シャンカールは弟の演奏を聴き、8歳で弟子にしたのです」  

 チャンドラカントは、この年に高名なサワイ・ガンドハルワ音楽祭で演奏して、ビムセン・ジャーシー(歌手、1922−2011)、ガングバイ・ガンガル(女性歌手、1913−21)らに賛美された。少年チャンドゥは、父に連れられ、ラヴィ・シャンカールの所へ行くのに、デカン・クイーン急行列車で通った。3、4年学んだ後、ラヴィ・シャンカールがアメリカへ立ち、Dr.チャンドラカントを妻のアンナプルナデヴィのもとで教え続けさせた。チャンドラカントは彼女のもとで12年間学んだのである。何年もの間、ラヴィ・シャンカールがインドでコンサートをする間は、彼が手伝った。

 そして、ラヴィ・シャンカールは60歳、70歳、80歳の誕生の会にチャンドラカントを招待している。 チャンドラカントは夫人とともに日本に住んでいた。彼が交通事故でなくなった事は、ラヴィ・シャンカールには、耐えられなかった。ラヴィ・シャンカール夫人はチャンドラカントの家族に、ラヴィ・シャンカールが一日中、彼のことを思い出していたと語っている。

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