4/3(日) パンディット・ビンセン・ジョシ追悼コンサート報告

4月3日にインドのプネ市で、シタールのコンサートが行われました。
このコンサートでは、今年の1月に亡くなった、伝説的な歌手、パンディット・ビンセン・ジョシ追悼のために、チャンドラカント博士がシタールを演奏しました。

チャンドラカント博士とパンディジは、50年以上もの親交がありました。パンディジの80歳の誕生日に捧げられたCD Devotionは、2人の関係が特別なものであったことを、良く表しています。

始めに、サラデシュムク家によりスピーチが行われました。マラーティ語だったので、何を話しているのかは理解できませんでしたが、とても素晴らしいスピーチでパンディジのことを悼み悲しむ気持ちを強く感じることができました。
そして、私も日本人の代表としてスピーチをしました。私は、満員のインド人の観客の前でダルシャナムのチームメンバーのメッセージを読み上げました。私は、最初慣れない英語の発音のため緊張しました。英語でスピーチを行ったのは初めてのことでした。私は、観客の皆さんが私のスピーチをよく聞いて、それに反応を示すのがよくわかりましたので、少しずつ自信を持って発音し、自分の気持ちを伝えることができました。途中で、私の携帯電話に録音されている、パンディジの曲プーリヤ・ダナシュリを数秒間流しました。コンサートの後、パンディジの弟子アナンド・バテさんが私に言いました。この曲を流すことによって、会場の皆がパンディジのことを思い出すことができたと。

スピーチの後、シタール演奏が始まりました。チャンドラカント博士は、とても丁寧に優しくシタールを弾きました。私は、彼がどれほどパンディジのことを愛し崇敬していたのかを感じとることができました。最初のラーガはヤマンでターラは7拍子のルパックでした。それは、とても美しいメロディーでした。次の曲のターラは5と2分の1拍子でした。これはめったに聞かない珍しい拍子でした。パンディジの弟子アナンド・バテさんによる歌も、とても美しいものでした。歌声がとても安定していました。彼はパンディジの最も素晴らしい弟子の1人に違いないと思いました。
今回は、私がインドで初めて経験したコンサートでした。全ての観客が音楽を楽しんで、よく聞いていました。音楽を聞いているだけではなく、1音1音、1拍1拍に反応しているのがわかりました。あるメロディーの同じ箇所で、全ての人が、ボディランゲージや言葉にならないような声で、応えていました。会場には、観客が音楽家と同じ舞台にいるような一体感がありました。それは、日本人の観客とは全く異なるところでした。

満員の会場は、パンディジに対する思いで満たされました。

翌朝、新聞に記事が載りました。
驚いたことに、私の名前が記事の中央の黄色いコラムにマラーティ語で書かれていました!

4月3日パンディット・ビンセン・ジョシ追悼シタールコンサート1

4月3日パンディット・ビンセン・ジョシ追悼シタールコンサート2

4月3日パンディット・ビンセン・ジョシ追悼シタールコンサート3

4月3日パンディット・ビンセン・ジョシ追悼シタールコンサート4

  1. Just do me a favor and keep writing such trnahcnet analyses, OK?

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